緊急事態宣言が全国に拡大された直後の週末、九州で唯一、高校野球の練習試合が行われている佐賀県へ取材に行った。グラウンドには保護者がたくさん訪れていた。マスクをしてある程度の距離は取っているが、バックネット裏に並ぶ様子は心配になるほどだ。
だが、保護者の方に聞けば切実な思いもうかがえた。同県内の高校は週明けには休校となることが決まっていた。「この先、大会がなくなってしまったら、これが息子が野球をする姿の見納めになるかもしれないと、家内と来たんです」。親たちはわが子のプレーを目に焼きつけようと集まっていたのだった。
野球に限らず、スポーツに打ち込む子どもを持つ親のサポートは「献身的」の言葉だけでは収まらない。小、中学生のクラブでは試合会場までの車での送迎や弁当作りは当たり前。コーチとして指導する親もいる。高校入学後も早朝練習に出る子どものために、夜が明ける前に起きて弁当を作り、寮生活を送る選手の親は試合を見るために遠路はるばる足を運ぶ。
もちろん、将来プロになってほしいなどという大きな夢があるわけではない。ただ頑張る子どもをサポートしたいという親心だけ。そして、そんな親子の二人三脚はほとんど高校で終わる。3年生の競技引退は親子の一つの区切り。野球では敗戦後、子どもと一緒に涙を流す親の姿をよく見かける。「子どもより親が覚悟しなきゃいけないですね」。練習試合を見ていた保護者が口にした言葉が心に刺さった。
あの日取材した高校の保護者はまだ幸せかもしれない。「最後かも」と覚悟を持って子どもを見られたのだから。私事だが私の中3の息子は野球部に所属している。今夏に予定されていた全国中学校体育大会(全中)の中止が決まり、地方大会も開催されるかどうか分からない。昨秋の新人戦以来、試合用のユニホームに袖を通すことなく彼の中学の野球生活は幕を閉じるのか。喪失感、悔しさ…。何とも言えない感情が湧き上がる。
もちろん、それは野球だけではなく他競技の運動部や文化部も同じ。高校生活をかけて頑張ってきたのに最後の大会を奪われる高校生たちの無念さを分かってほしい。全国高校総体の史上初の中止が決まった今、そう思いながらこの記事を書いている。
夏の甲子園は開催可否が決まっていない。高校総体の中止は何らかの影響を与えるだろう。それでも、この記事を目にした方の中で一人でも「最後の大会をさせてあげたい」という気持ちを持ってもらえたら。そしてすぐに感染拡大防止の行動に移してもらえたら。もしかしたら早期に沈静化し、どんな形であっても大会が開催される道が生まれるかもしれない。
取材の帰り、通りかかった農産物の即売所の駐車場は車でいっぱいだった。ホームセンターにも人があふれていた。どうか、どうか、親子で歩んできた競技の「最後」を迎えられるように、一人でも多くの方が共感して行動してもらえたら。そんな願いを込めながら記事を書き続けたい。 (前田泰子)